社員を昇格させる(=等級を上げる)ときの賃金上の取扱いには2つの方法があります。
1つは昇格と同時に基本給を通常の昇給額よりも大きく引き上げる方法であり、一般的には「昇格昇給」と呼ばれています。一般職から主任に昇格すると基本給が自動的に1万円昇給するという運用がこれにあたります。
もう1つは、昇格した時点では基本給の金額を変えませんが、昇格後の評価に応じてそれに見合うだけの金額で昇給させていく方法です。当社ではこれを「実力昇給」と呼んでいます。
インセンティブ効果が高いのは前者のように思われますが、昇格昇給には昇格した後の昇給額が小さくなりやすいという問題点があります。会社が毎年の昇給にあてられる人件費には限りがありますから、昇格者に対して大きな金額の昇給を行えば、必然的に昇格しない者に回せる原資は少なくなります。原資自体が少なければ、評価で昇給額に差をつけたとしても、その差は小さくならざるを得ません。
実際に私が賃金制度の改定をお手伝いした会社では、下記のような運用がなされていました。
■主任から係長に昇格したとき(=等級が1ランク上がる)
=> 基本給が20,000円アップ
■係長に昇格後の等級における基本給の昇給額
S : 3,200円
A : 2,900円
B+: 2,800円
(中略)
D : 2,000円
上記の昇給額は基本給1号分などの単価ではなく、実際の昇給額そのものです。
つまり、係長に昇格した時点では一律20,000円の基本給アップがありますが、その後は最高のSと最低のDの間でも毎年の昇給額にわずか1,200円の差があるばかりで、成果の違いが報酬に正しく反映されているとは言えない状態でした。
手間のかかった評価をされていた会社でしたが、その違いが数百円の差にしかならないのでは、時間をかけてS~Dの評語を決める意味はほとんど無かったと言っても良いでしょう。いっそのこと、賃金は年功で決めるものと割り切って、評価の目的を人材育成に絞った方が良かったかもしれません。
これは極端な事例かもしれませんが、昇格昇給に重きを置いた賃金制度では、同じ等級にいる間は給料が上がりにくい状態が続くため、「Aさんも○等級に上がってから○年経ったので、そろそろ昇格させないとまずいだろう」といった年功的な制度運用に陥る危険性が高くなります。
一方、責任等級制賃金制度における実力昇給のように、昇格した時点で基本給を変えない方法であっても、昇格後の評価に応じてメリハリのある昇給が実施されて、一人ひとりの仕事力の差が基本給に適正に反映されていけば、長期的に社員のモチベーションを引き出すことができ、納得感も高いものとなります。
「昇格したのに基本給が上がらないのはおかしい」と言い出す社員もいるかもしれませんが、昇格したといっても新しい等級ではいまだ何の仕事もしていないのですから、前払い的な昇給をさせる必要はありません。昇格とは今までより一段重い役割責任を担うことであり、「3等級:2,000円/号 =>
4等級:2,500円/号」のように基本給の昇給単価も昇格するほど高くなっていきます。
昇格後に任された役割責任をどれだけ果たすことができたのかを評価して、期待以上の結果を残せば、これまで以上の昇給を得られる仕組みにしておくことが、実力主義の賃金制度には不可欠なのです。
所員