2023年度の最低賃金が、10月1日以降、都道府県別に順次発効することになります。
中央最低賃金審議会が7月28日に出した当初の答申では、全国加重平均で41円アップ(加重平均1,002円)でしたが、これを受けた各都道府県の最低賃金審議会の答申では、人材獲得が困難な東北、山陰、九州などで更に最低賃金を引き上げる動きが見られ、最終的に全国平均で43円(加重平均1,004円)の引き上げとなりました。
実際に最低賃金が1,000円を上回るのは、5府県増えて8都府県(埼玉、千葉東京、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫)となります。時給ベースで43円ということは、1か月の所定労働時間が168時間(1日8時間、月21日勤務)の会社であれば月7,224円の増額です。つまり、最低賃金付近の社員は、年間で9万円程度(総額人件費への影響を考慮すれば12万円前後)の人件費負担増になるのです。
はたして、このような最低賃金引上げの動きは、いつまで続くのでしょうか?
今後の最低賃金の引き上げ目標について、岸田首相は「新しい資本主義実現会議」の中で「最低賃金の全国平均額を30年代半ばまでに1,500円とする」としました。仮に2035年に1,500円とするためには、毎年40円前後の引き上げを12年間に亘って行なわなければならないことになります。
最低賃金水準付近の従業員については、毎年月額で7,000円、12年間で月額84,000円以上の引上げ額となる計算です。月の所定労働時間が168時間の場合、最低賃金水準でも月額252,000円に達します。現在、NTTやメガバンクが提示している新規学卒者(大卒)初任給並みですね。
この数値だけを見るととてつもない引上げ額になるかに思われますが、最低賃金が1,500円になっても、現時点でのイギリスやフランスの最低賃金よりなお低い水準なのです。最低賃金が2,000円を超えているオーストラリアなどと比べると更にその低さが際立ってしまうのです。
2013年よりこの10年の間での最低賃金の引上げ幅は240円、1か月168時間換算で40,320円引き上げられました。そしてこれからの12年間で更にその倍額以上にあたる金額が引き上げられる可能性が高まっているのです。
飲食サービス業や宿泊業、小売業などの中には最低賃金近辺の賃金水準で働いている従業員が数多くいらっしゃいます。最低賃金付近で働く人の割合は、毎年の最低賃金の引上げと共に、これからも確実に増えていくことでしょう。「ベテラン社員も新人も自ずと同じ時給水準にまとまってしまう」、そんな会社が増えているのです。
この先の10年、15年の賃金戦略を考えるとき、最低賃金の引上げへの個々の企業対応は、単なる総額人件費の問題を超えて、事業構造の再構築をも視野に入れた長期的な展望が必要となります。
例えば、
「既存事業の生産性を向上させて一人当たり付加価値生産を向上させる。」
「新規事業への展開を通じて収益基盤の拡大を図る。」
「DXへの設備投資を通じて、少ない人員でも従来以上の生産性を確保する。」
など。
最低賃金の上昇に対しては、その場しのぎの対応はあり得ません。各社の中長期的な事業戦略に紐づいた人事戦略、賃金戦略を打ち立てていただきたいと思います。
所長 大槻 幸雄