この1カ月の間で、固定時間外勤務手当(以下「固定残業手当」とします)を始めたいという会社と、反対に固定残業手当を辞めたいという会社からご相談を受けました。ここで取り上げる固定残業手当とは、「実際の残業の有無にかかわらず、毎月一定時間の残業があるものとみなして、一定の残業代を毎月支給する」ものを言います。
ここで、両社が固定残業手当を検討するに至った背景を見てみましょう。
1.始めたい会社の背景(理由)
(1)「みなし残業時間内で仕事を終えよう」とする効率的な働き方を社員に目指してほしい
(2)実際の残業時間がみなし残業時間内であれば、残業代を追加支給する必要がなく便宜
(3)採用・募集の際、固定残業手当の分だけ募集金額を高く提示できる
2.辞めたい会社の背景(理由)
(1)固定残業手当を設けた頃に比べると残業が大きく減っており、実態とかけ離れている
(2)実際の残業時間がみなし残業時間を超えた場合には、結局超過分を計算して追加支給することになるため、給与計算上の手間はあまり変わらない
(3)採用(特に新卒)の募集段階で、「みなし残業時間の分、必ず残業がある会社」であると求職者に判断され、応募を敬遠されてしまう(応募が増えない)
この始めたい背景・理由が固定残業手当のメリットであり、反対に辞めたい背景・理由がデメリットを表しています。
固定残業手当は、わが社の残業の実態に即したものであれば、労使ともに不満は生じにくいのですが、業務の見直し等で生産性が向上し、残業そのものが減ってくると、経営者は得てして「残業もないのに毎月固定額を支給するのはもったいない」と思うものです。
このとき、「生産性向上によって余裕が生じたのだから、この分をベア原資に充てよう」と頭を切り替えられればベストなのですが、中には「せっかく固定残業手当を払っているのだから、何かしら仕事を見つけてそのみなし時間分ぐらい残業をやってから帰るように」などと、社員に号令をかける方もいるようです。残業を行った結果、アウトプット(収益)が増えればまだ救われるのですが、単にムダな作業を増やしただけで、かえって非効率な状況を引き起こしてしまっては本末転倒です。
ところで、統計上の数値はありませんが、近年は固定残業手当の廃止・縮小を検討する会社の方が多いと感じます。その理由としては、先に挙げた若年層における固定残業手当の不人気、すなわち採用活動上でのデメリットを解消したいというのが大きいようです。しかし、実際に固定残業手当を廃止・縮小する場合には、社員は既得権益を失う話であるため、簡単には事が進まないものです。
今年は特に世間の賃上げの勢いが大きいこともあって、「固定残業手当であれば、残業単価を引き上げることなく、社員の処遇も引き上げられるなぁ…」などと、賃上げの側面から考える経営者もいらっしゃるかもしませんが、安易に飛びついてしまうのは禁物です。適切な労務管理の遂行がカギを握る手当ですので、わが社の就労実態をきちんと把握した上で慎重にご検討ください。
チーフコンサルタント 髙橋 智之