4月の給与改定時にある経営者の方から次のようなご相談を受けました。「昨年、育休から復職した社員がいるのだが、前年度のうち3カ月間は育休でいなかったため昇給号数も3/4(育休期間の3/12カ月分を減額)としたいがどうだろうか?」
月例給与や賞与支給額の計算で欠勤控除や出勤係数を用いますので、昇給号数(昇給額)でも同様に計算することは一見合理的であるように思えますが、本当にそうなのでしょうか?
月例給与や賞与は、賃金計算期間や評価対象期間における出勤状況や仕事ぶりを確認した上で支給する「後払い」であり、欠勤した分を控除して支給することはノーワークノーペイの原則に則った合理的な対応です。
しかし、昇給とは社員の向こう1年間の能力発揮度を予測し、期待を込めて会社が行う、いわば「先行投資」です。だとすれば、復職後の9カ月間の仕事ぶりから今年度の活躍度合いを推測して昇給評語を決めれば良いだけのことです。これから先に行われることに対して欠勤控除を適用し、昇給号数を調整するのはおかしなものだと、読者の皆さんもお気づきになるでしょう。
視点を変えて、新たに中途で人を採用する場合と比較してみましょう。これまで全く仕事ぶりを見たこともない人を採用する際、企業はその人の職務経歴書や履歴書に書かれた職務経験やスキル(資格)などの情報と、面接や筆記試験の結果などを基に合否を判定し、最終的には採用初任給まで決めています。このように、実際の仕事ぶりを見ていない人を採用する場合でも「入社後の能力発揮期待度」を予測して賃金を決定しているのですから、1年に満たないとはいえ仕事ぶりを確認できている社員の昇給決定の方が容易なはずです。
また、欠勤控除は行わないまでも、「休職等で欠勤期間があった場合や短時間勤務の場合は、昇給評語をB以下とする」などの決め事をされている企業も見かけます。これは、「フルタイムで働く人よりも就労時間が短いのだから、仕事の量や質もフルタイムの人より劣るはずだ」という考えからきているようです。
たしかに、就労時間が短ければ他の社員よりもアウトプットが減るケースは多いでしょう。しかし、短時間勤務の場合であれば、多くの上司はそれを理解した上で適切な業務量で部下に指示・命令しているでしょうから、その期待通りの成果だったにもかかわらず評価が自動的に下がってしまうことに合理性はありません。さらにいえば、これまで8時間かけて行っていた業務を6時間で仕上げる社員も出てくるかもしれません。そうなると、この短時間勤務社員こそ生産性を上げた人として高く評価されるべきです。
もちろん、休職にも様々な背景・理由があるため、それぞれの事情を鑑みて昇給評語を決定することになります。しかし、就労に制約のある社員をただちにマイナス評価とするのではなく、「昇給とは向こう1年間の能力発揮度への期待値(先行投資)である」という原点に一度立ち返ってから評語を決定していただきたいと思います。
チーフコンサルタント 髙橋 智之