企業の採用難が続くなかで、有効求人倍率は直近で1.18倍(令和8年4月)に留まっています。現場の感覚と統計値が一致しない状況に、違和感を覚える方も多いのではないでしょうか。実はこの乖離は、景気の強弱だけでは説明できません。統計が捉える世界と、実際の転職市場の構造が大きく変わってしまったことが背景にあります。
特に象徴的なのは、民間転職サービスが公表する「転職求人倍率」です。主要エージェントの集計では、転職求人倍率は2.5倍前後に達するとの指摘があり、ハローワークの1.18倍とは大きな差があります。つまり、ハローワークの統計だけを見ると“求人が少ない”ように見える一方で、民間サービスの世界では“売り手市場が続いている”という構図が生まれているのです。
ハローワークの有効求人倍率は、「ハローワークに出された求人」と「ハローワークに登録した求職者」を対象に算出されます。しかし、企業が求める即戦力人材の多くは在職中に転職活動を行い、ハローワークには登録しません。求職者側も、民間の転職エージェントサービスや転職サイトを複数併用するのが一般的になっています。つまり、実際の転職市場の中心にいる人材が統計に現れないという構造が生まれているのです。
一方、企業側の採用行動も大きく変化しています。人手不足が深刻化するなか、求人広告を出して待つだけでは応募が集まりにくくなりました。企業はエージェントとの契約を拡大し、スカウトメールを積極的に活用し、選考スピードを上げるなど、「攻めの採用」へと舵を切っています。特に中小企業では、給与水準やブランド力で大企業に劣る分、採用競争力の差が顕在化しやすくなっています。そのため、職務内容の明確化や働き方の柔軟性、成長機会の提示など、非金銭的価値の訴求が欠かせません。
求職者の行動もまた、統計の見えにくさを助長しています。転職者の多くは在職中に活動し、次の職が決まってから退職します。離職期間が生じないため、ハローワークに登録する必要がありません。逆に、離職後に転職活動を行う層は減少傾向にあり、ハローワークの求職者数は構造的に減りやすい状況です。こうした動きが重なり、有効求人倍率は「求人が増えない」「求職者が多い」ように見える一方で、企業は経験者採用に苦戦しているという現象が生じています。
このように、統計と実態の乖離は、企業の採用行動と求職者の行動変化が複合的に作用した結果です。中小企業にとって重要なのは、ハローワークの数字だけで市場を判断しないことです。むしろ、民間サービスを通じた採用競争が激化している現実を踏まえ、自社の魅力を言語化して伝えること、選考スピードを最適化し育成前提の採用に踏み込むことなど、採用戦略そのものを見直すことが求められています。
中途採用市場は、統計以上に動いています。企業がこの変化を正しく捉え、採用の考え方をアップデートできるかどうかが、これからの人材確保の成否を左右していくはずです。
所長 大槻 幸雄